photograph:♯146
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土曜の午前便で 実家から送られてきた レオナール・フジタの図録
ダンボールの中には 新聞やら 合鴨農法のお米やら くずきりのお菓子やら
いろいろ 詰まっていました
その中に のりづけされた 1通の封筒
父からの手紙
8月17日
父は 67歳になりました
その手紙には
67歳を手前に 初めて
電車で 席をゆずられたときの心境が 綴られていました
今をさかのぼること 数十年前
大学生のとき 大学の講義で
“みなさんも いつか席を譲られるときが・・・”
という大学の先生の言葉 記憶の引き出しからの 引用に始まり
偶然にも 1日に 2回も 地下鉄で 席をゆずられたときの
心境が 便箋の中に 細やかに綴られていました
父は 実年齢よりも 若く見られます
“勝 新太郎 似”と 言われる父の写真
娘の私から見ても ダンディーで
今でも 気の利いた ジョークを繰り出す父
席を譲られたときの心境を
細やかな表現で 書き表していて
いつもながら 新聞社で鍛えたのか知らぬも その文章力に 感嘆し
娘ながら ちょっぴり 心に さみしい風の吹く 内容を
それも 現実と 受け止めつつ でも複雑な心境で
そして それを書き送ってきた 父の気持ちに思いを馳せつつ
明日 もう一度 読み返してみようと 思うのです
父は 50代になりたての頃
脳梗塞を しました
とても軽症で
“ろれつが回らない日が 1日あった” という記憶程度の自覚で
家族も知らず 本人も知らず
5年以上たったのち 娘の進言で 気まぐれに受けた
脳ドックで 発見された痕で その事実を 知りました
いつまでも 元気でいてほしい
そんなことを
関係なくも
“潜水服は 蝶の夢を見る”の 鑑賞後の感想として 思いました
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10畳と6畳の 2間続きの部屋の
10畳側のすみには L字型のテーブルが
PCのディスプレイを そのヘリに置き
6畳の部屋にある 2×2㎡のベッドの上から
ごろごろと DVDを見ました
“潜水服は 蝶の夢を見る”
何ヶ月も 見るのを のばしのばしにしてた映画
ベッドの上に 黒い石にサンゴが散りばめられた
お盆らしき 水平円形の板を置き
その上には オーヘントッシャンの入ったオンザロック
といっても ぼさぼさのお風呂上りの風貌で 扇風機をつけて ごろごろと
鑑賞しました
脳卒中で 倒れた ELLEの編集長
動くのは左目のまばたきだけ
まばたきの回数で メッセージを伝え
そこから 本を書き上げる
本当にあった話
“この悲しみを書き上げるペンが どこにあるのか”
どんより 重くならないのは
ときどき 挿入されているジョークのせい?
恋人との回想のせい?
白とも 黒ともつけがたい 映画でした
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数日前 ここに記したレオナール・フジタの図録が はるばる届き
今日の午後 5時間ほど
ずっと ベッドで ごろごろしながら
図録を 眺めていました
読むところの 多い図録で これ幸いとばかりに どっぷりと
5時間のあいだ 図録を 眺めながら
携帯電話を 放棄して
肺の裏側あたりに たまっていた 空気を入れ替え
いくつかの思考に 鍵をかけ
最近覚えた ロンサカパだけを 身近に残し
ランスにある フジタの教会に思いを馳せながら 図録を閉じたら
無性に何か 描きたくなって
しっとり白く キレイなラインの 登場人物(モデル)たちとは裏腹に
自分のカラダで いちばんコンプレックスな部位を 描いてみました
“足”
左ページに 左足
おもむろにひっくり返して 右ページに 右足
両足をかき終えて 見開きに開いてみたら
同じ縮尺で 自分の足が 放り出されてました
足の指は カラダのパーツの中で いちばんヘンなかたち
でも 指と 指のすきまにあいた空間は
なかなか ステキなかたちを していることに 気づきました
今年の夏は 入手できないと諦めかけていた
メイカーズマークの ミントジュレップ
ミントと砂糖の ウィスキーのようなリキュール
今朝 届いたのを 良いことに
今夜は ちょっと 夜更かしを
今日が、雨でよかった。
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パスタは硬めで 完璧
トマト味も べたべたとした甘さはなく
薄っぺらいベーコンも 噛むとしっかりした味が
たまに薫りたつ あらびき胡椒 そのまざり具合にも どこかしら説得力
まったく 甘く見てました
ラドリオの ナポリタン
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ふらりと 飲みに出たい気分
めったにない そんな気分でした 今日
朝から 夜は どこかへと思いながら
何人かの 顔が浮かびつつも
誰にも 声をかけないまま
気づけば 21時
ひとりで ラドリオに 寄ってみました
ひとりで お酒を飲みに寄る
働き始めてから 初めてのことかもしれません
大学生のときは つまらないコンパや飲み会を 早々に切り上げて
同じ大学生の友達がやっていた店のカウンターで
音楽のビデオを 見ながら
夜更けまで さらさらと ひとりで 飲んだものですが
働きだしてからの5年間は だいたい直帰 (D社にいた1年半をのぞく)
誘われて たまに 飲みに寄るくらい
神保町は 小さく 古いお店が たくさんひしめく 魅力的な街です
少しだけ 涼しくなった 空気がうれしく
今の会社に 勤める前から よく訪れていた 神保町の街が このましく
ぼんやり 小さなランプで 本を読みながら
レミーマルタンを 1杯だけ
となりの二人がけの席では
小さい頃の話や 昔の恋の話をしながら
何かを 探り合ってる 大学生の男の子と 女の子
男の子は 高校2年生まで 身長が160cmに満たなくて
女の子たちから ミクロマンと呼ばれていて
恋愛には 興味がなかった という話を 静かにしていて
(その後 いっきに 20cm伸びた)
女の子は 昔の彼氏が 尿検査でひっかかって 停学になって
確かにときどき ヘンだとは思っていて
そういえば 彼氏は アメリカでそういうの好きそうな人が聞きそうな
盛り上がりのない 淡々とした音楽を聞いていたから
停学になったときは やっぱり
と思ったと
男の子より 少し大きめの声
関西なまりの声で 話してました
(トランスという 単語は 最後まで 出てきませんでした)
ななめ後ろの席には
「ダイバーシティ推進室なんて つくらないだろ 普通」
と 社内組織に 強く 物を申し合う 2人づれのサラリーマン
くすりと 笑える いくつかの瞬間
なんだか 柔らかな 気分で 帰ってきた今です
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北海道の道立近代美術館で
レオナール・フジタ展が はじまったのは 7月のこと
6月に 札幌に帰省したとき
翌月の始まりを 街なかのポスターで知って
ずっと そわそわしていました
見たい 見たい 見たい
びゅーんと 見に 帰ろうかという想いが
何度も 頭をよぎりましたが
7月以降 おかしなくらい なにかと 予定満載な週末
もうすぐ 展示も 終わりを迎えます
それでも 11月の上野美術館での開催が 待てず
実家に 図録の 購入/郵送を依頼
父が 見に行くので 大丈夫
という 母からの 連絡を受け取りつつも
早く図録が 届かないものかと そわそわ
見たい 見たい 見たい
今日 お昼に ラドリオという古い喫茶店を 目指していたら
額縁屋さんのショーウインドーの前で はっと 立ち止まりました
藤田の絵のように 思えて立ち止まったら
まぎれもない あのサイン
複製画とはいえ なんとも 嬉しい瞬間
早く 図録 届かないかな
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今日は 仕事で とても 嬉しいことがありました
アメリカで インテリアを勉強して 帰ってきたばかりの男の子
本人も 諦めかけていて 社内の人も決まったらミラクルだねと 言っていて
そして 起こるべくして 起こったのです
できることは すべてやりました
おこがましくも 誰かの人生に なにかしら 貢献できたと 感じた瞬間
奇しくも その男の子は 今日が 誕生日
誕生日に 周りの友達に 親に こんなに嬉しい連絡ができるなんて
と 電話口で 喜びを かみしめるような声で 言ってもらえたのが
本当に嬉しくて 本当に嬉しくて
捨てたもんじゃないなと 思いました
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最近 ラムを好んで のんでいます
ロンサカパ23年
なんともいえない 大人のお酒
最近 いろんなことが ありすぎて
何から 記してよいのか わかりません
いろいろなひとから
いろいろな連絡がきて
目がまわりそうです
ほんわり温かい驚き
不安にさえ なってきます
こういう時期って なんなのでしょう
どこに繋がって いくのでしょう
なんか
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“こないだ うちの子が カベに向かって 突然
「あずさー!」って 叫んで 心臓止まるかと思ったさ”
9年前に 付き合っていたひとからメールが届きました
私は たいがい 連絡不精なのですが
なにかと 北海道から 連絡をくれる
良い友達のひとり
「夏は 帰ってこないの?」
というメールに 残念ながらの返事をしたところ
朝から そんな 笑えるメールが
あずさは 私の名前
なぜ 昔の彼氏の 子供が叫ぶのか 笑
聞けば
壁に 全国の列車の地図のようなものが 貼ってあって
そのなかで 松本と 東京を結ぶ 例の在来線のしわざとか
「冷や汗でたわ」
そんなメールが おもしろかった おとといの朝です
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8/17は 父の誕生日でした
実家の母からメールが
父がいつも通り 自分の部屋で テレビを見ている中
母は 父に メールを 送ったそうです
バラの花のマークを 67個
送る途中で 数がわからなくなり
何回か やり直して 無事に送信
母が 父の部屋をのぞくと
父は 一生懸命 数をかぞえていたそうです
数えそこねて 何回も
私が生まれてから つい去年まで
あれだけ 仲のよろしくなかった二人
一度も 二人で 出かけるところを
見たことがなかったものでしたが
ここ一年 劇的な 変化が 観測されています
この話は ちょっと間 気に入りのエピソードになりそうです
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昨日 今日と 東京では 気まぐれな夏が
ひとときの涼しさを 届けてくれています
ベランダから 吹き込む風が 気持ちよく
もはや 秋の訪れが 待ち遠しい 今夜です
(浴衣を 購入したばかりですが・・・)
今日 夏の大イベント 甲子園が 終わりました
私の 今年の本命は 沖縄・浦添商業
惜しくも 準決勝で 姿を消しましたが
たくさんの 素晴らしいシーンが ありました
数年前 地元 北海道に 優勝旗がわたったときは
感動のあまり 涙が出ましたが (自分でも信じられませんがホント 笑)
同じ 島国 沖縄にも ぜひ優勝旗をと 思わずにはいられません
親近感を感じます
そもそも 甲子園を見るようになったのも
中学2年生の夏に 家族で旅行に出かけた 沖縄旅行がきっかけ
また来年以降に 期待です
ああ それにしても
大激戦の80回大会から
はや10年も経ったことに 驚きを隠せません
80回大会のとき 私は高校3年生で
マウンドに立つ 同じく高校3年生の松坂を
ふしぎな気分で 眺めてました
あの大会を超える 白熱した大会は 未だないのですが
でも その年 その年出てくる
選手たちの活躍は 比べようがないのです
今年は 転職したばかりで ゆっくり見れる日が 少なかったのですが
すでに来年が 楽しみで 仕方ありません
今夜 さいごの締めくくり
25時からの 熱闘甲子園を見終えたら 今年も夏が 終わります
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はっとさせてくれる瞬間
モノでも ヒトでも
私は 向き合う相手に そんなものを 求めているようです
自分にない価値観だったり
心地よい反論だったり
斬新な色づかいだったり
キレイなフォルム/スタイルだったり
肌を滑らせる 触り心地だったり
ときには嬉しい共感だったり
知らないモノ/コトの享受だったり
底の見えない相手が いいな
いつも いつでも 耕してないと 底をつく
底のつかない相手と 長く時を 過ごしたい
そうでないと 過ごせない
case by case
どんなことを考え どんなものを好むのか
手にとるように わかるようになりたい
手がかりをもとに 推察するのが すきだから
相手が 驚くときの 心地よさ
それでも 底の見えない相手がいいな
そんな相手は 年月が経つほど 経つほど貴重
馴染み 馴染んで
恋人でも 友達でもいい
そんなことは 構いなく
寝たいときに寝て 遠いときには とことん遠く
底が見えると がっかりするから
通りすぎる相手が 多いから
せっかく 立ち止まったのに
もっと夢中に させてほしかったのにって がっかりするから
白い旗と 黒い旗
グレーの旗なんて だいきらい
ああ どうしてこうも 自分勝手な 自分と
思ってしまったので す きの う
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美術館に 行くことは
美術館に 作品を見に行くことは
忘れられない絵があり
ああ あのとき 行ってよかったなと 後から思う日がある
ものすごく ものすごく 前に見た絵を
何年もたってから その良さがわかるときがきたり
なにげなく なにげなく 眺めてた絵が
何年も忘れられなかったり
青森まで 深夜バスに乗って 飛行機で帰ってきたり
京都まで 新幹線で行って 名古屋にも寄って 若冲を追ったり
小さい頃に お父さんと行った 岡山のあの美術館だったり
高校生のときに行った 今はもうない小樽の美術館だったり
遠くまで行くことが すべてではなく
お目当ての企画展を見た後 なんとなく見た 常設展の 屏風だったり
すきでたまらないのです
美術館が
いつも はっとさせてくれる 何かがあるから
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うちのマネージャーは 30歳近くまで
生粋のバンドマンで サニーデイの曽我部さんの後輩で
いろいろ教えてくれる先輩は
音大の声楽科卒で 30歳まで
ふらふらと 音楽だけをやっていて
電話の声が遠くまで届くことで有名で
隣の席の年下の女の子は
学生時代 R&Bのヴォーカルをやっていて
オトナっぽくて 彼氏は さらに年下の建築家で
ひょんなことから 知り合った 別の部署の30歳の男の子は
いつも 行く先には おもしろい人たちが
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前の会社の同期の男の子と ごはんに行きました
彼は 私の1ヶ月あとに 会社を辞め
今は 新しい会社に
(関係のない話ですが もう1人の前の会社の同期の男の子は
来月会社を辞め 再来月 私の今の会社に来ることに 笑)
さて 今日お会いしたT君
6月に 会社を辞めて
7月に 中国を旅してきました
彼のお父さんと 6人のおじさんたちは 満州生まれ
古い戸籍をもとに
旧満州の地名を読み取り
現在の地図と照らし合わせて
写真を 撮る旅に
親族のルーツ
瀋陽の空港から入り
瀋陽の駅から(旧奉天駅:満州国時代の建物が今も現役)
電車で遼陽に移動
遼陽の駅から タクシーで灯塔市(旧:奉天省遼陽県煙台炭坑)へ
そこが おじさんの生まれた場所
瀋陽に戻り 瀋陽北駅から 錦州へ
タクシーでおよそ200km
彼のお父さんが生まれた場所
戸籍にあった場所は 病院でした
(旧満州時代の市外地図は とてもきれいに区画されたしっかりしたものでした)
写真の看板には 『急診科』の文字
旧満州のときから 続く病院
出生地の所在地は
本当に生まれた場所 病院だったのです
その後 大連 旅順と 移動し
大連から 日本に戻ってきたそうです
写真の中に
ビニール袋をかぶって 自転車に乗っている人の写真が
本当に 本当に 空気が ひどく汚れていたとのこと
彼の話では
たのしむ旅ではなく
記録のための試練の旅だったということですが
話を聞き 写真を見せてもらうだけの 私には
なかなかおもしろい 時間でした
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火曜の夜中
メールがきて
今 北海道に 帰ってきてる という連絡で
バイクを借りて 北海道を 走ってる という文面で
今夜は 小樽に 泊まる という部分で
7年前の短い時間のことを 思い出しながら
何を 思って ふらり そんなメールをくれたのか
なんてことは 考えないように
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